大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)225号 判決

被告人 飛沢謙三

〔抄 録〕

よつて案ずるに、証人崔達順に対する原審及び当審における各証人尋問調書、同飯山和文に対する原審における証人尋問調書及び当審公判廷における供述、同田中松子に対する原審第三回公判調書中の証人尋問調書及び当審における証人尋問調書(但し田中松子の供述中伝聞の部分を除く。)並びに被告人の司法警察員に対する第一回供述調書中の各記載を総合すれば、判示日時頃判示場所において被告人は本件被害者たる崔達順と二人だけになつたので、劣情を催し同女と肉体関係を結ぼうと決意し、これを口説き落そうとしたが態よく断わられたので、俺がいい出した以上応じなければ殺してでも目的を遂げる等と脅迫したので、崔は驚いて屋外へ遁れ一旦自己の居宅に帰つたが、約四十分位後同女は、被告人は既に帰つたことと思い戸締りをするために店に立ち戻つたところ、店の台所の入口前で、折柄屋内から出て来た被告人と突然出会つた。被告人は直ちに同女の肩を押すようにして台所の中に入りこれに続く判示場所において同女を強いて姦淫し因て同女に判示の如き傷害を与えたことを認むるに十分である。

しかして脅迫による強姦罪が成立するためには、必ずしもその姦淫の際において犯人が相手方の反抗を抑圧する程度の脅迫を継続していることを要するものではなく、犯人のなした脅迫行為により被害者が精神的に抗拒する気力を失つている状態にあるに乘じ強いて姦淫した場合は明らかに刑法第百七十七条前段の強姦罪が成立するものというべきであるから、前記認定の如く被告人の脅迫に驚き被害者が一旦屋外へ遁がれたとしても、被告人は既に帰つたものと思い戸締りをするために立戻つたところ突然被告人に出会つたのであるから、被害者は先になした被告人の脅迫行為によりなお精神的に抗拒する気力を失つている状態にあつたものと認めるのを相当とする。よつて被害者がかかる状態にあるのに乗じ強いて姦淫した以上仮りに被告人が姦淫の際特に新たに脅迫行為をしなかつたとしても、被告人の右行為は前記法条に規定する強姦罪が成立するものであることは明らかであるから、所論の如く因果関係が中断したものということはできない。しかして所論は、被害者は自ら進んで被告人と共に屋内に入つたのである。被告人は被害者の承諾を得て関係した旨主張するも、この点に関する被告人の原審公判廷における同旨の供述記載は前記各証拠に対比して措信し難く、その他右認定を覆し所論の如き事実を認めるに足る証拠はない。又所論の如く被害者は救を求め得られたのに拘らずこれを求めず、逃げられた筈であるのに逃げなかつたとの理由を以て被告人に有利な事実を結論し所論の如く合意ありたる旨を主張するは、精神的に抵抗する気力を失つた被害者を責めることにのみ急にして、当裁判所の容認し難いところであり、又被害者の着用していたモンペは所論の如く被害者が承知しなければ脱却し得ないような状態にあつたとしても、被告人の脅迫に因つて承知したものである以上これを承知したからとて所論の如き合意のあつた事実を裏付ける証左とすることはできない。しからばこれと同旨の見解の下に被告人に対し原判決摘示の如き事実を認定した上その摘示する法条を以て処断した原判決は正当であつて、所論のような事実誤認の違法はなく、その他記録に徴するも原判決の採証、認定には条理、実験則に反する点は毫も存しない。論旨は理由がない。

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